日本の鉄道は明治時代の草創期にコストの面から狭軌を採用したため、その規格の低さに制約を受け、欧米の鉄道の様な高速運転とは無縁であった。
最高速度は1910年代から1950年代まで100km/h以下に留まっていた。
そこで標準軌に改軌する提案も、明治から大正にかけて何度か出されていたが、政争や予算問題などから結局実現しなかった(日本の改軌論争も参照)。
また1910年代には、東京〜大阪間に電車による高速新路線「日本電気鉄道」を敷設する計画が民間から出されたが、国の許可するところとならず、実現していない。